英語トレーニング法
リスニング
❶ ヒアリングとリスニングは違う
リスニングとヒアリングをはっきりと分けて考えましょう。リスニングの定義は注意を注ぎしっかりと理解すること、ヒアリングは音声を単に耳に入れること、聞き流すことと定義したいと思います。
私は自分の学習体験、生徒の指導経験から、ヒアリングの効果は非常に限定的なものと考えています。また、ヒアリングは聞き流すだけですから、説明を要するような技術・手順はありませんので、本章で詳しく解説するのは主にリスニングの種類とその方法です。
❷ ヒアリング
ヒアリングの効果を過大視しない
いわゆる聞き流しで、流れてくる音声を聞くともなしに聞いている状態です。ヒアリングにあまり大きな効果を期待しないほうがいいでしょう。英語の上達のためにするべきことを非常に単純に要約してしまえば、「構文・意味を分析、理解しながらできるだけ多くの英語を受け入れる一方で、正しい英語の文をできるだけ多く自分で作り出す。」ということです。英語を聴いて理解することは、この前半部にあたるわけですが、聞き流すだけでは、分析、理解がほとんど起こらない恐れがあります。
全く注意力が失われている時、日本語で言われたことさえ頭を素通りしてしまい、何のことだったのかさっぱり分らないということが起こります。この場合、確かに物理的な音として日本語が耳に入っているのですが、言語的な処理が行われず、脳に車の騒音、犬の鳴き声などと同じように、無意味な雑音として扱われてしまったわけです。
もちろん、上に挙げたのは極端な例(私などは日常茶飯ですが)です。我々が、母国語である日本語を分析・処理する能力は驚くほど高いですから、実際にはテレビを見ながら、横で家族が喋っている内容をおおまかに理解しているということはよくあります。しかし、これは母国語ゆえに可能な離れ業です。外国語の場合はある程度の注意を傾けないと、すべてが雑音として頭をすり抜けていってしまいます。少なくとも、かなりのレベルに達しないとこれは避けられません。
外国語である英語をただ聞き流していると、構文・意味の分析などの言語的処理がお留守になってしまうのでトレーニングとしての効果は極めて低いものです。聴き取り能力を向上させるためには、3時間のヒアリングより、10分か15分の集中したリスニングの方が、効果があります。ヒアリングは、他の事をしながらも少しは英語に触れておきたいとか、疲れきっていてほかのことはできないが、聞き流しくらいはできるといった時にあくまでもサプルメント程度にトレーニングの中に組み入れるといいでしょう。
ヒアリングが最も効果を上げるレベル
しかし、ヒアリングがそれなりの効果を上げるレベルがあります。全くの初心者と、高レベルの人です。英語の初心者にとって、分ろうと分るまいと英語の音に触れることは、英語特有の音色やリズムに慣れるという効果があります。
一方、英語力のレベルがすでにかなりのレベルにある人は、何を聞いてもある程度は分るし、一心に集中しなくても英語を分析的に聞くことができるからです。日本人なら誰でも車の運転をしながら、ラジオから流れてくるニュースやその他の番組から情報を得ることができます。高レベルの英語力を持っている人は、英語においてもこの状態に近づきつつあるのです。
❸ リスニング
リスニングの難しさ
リスニングは、流れてくる英語を集中して、構文的に分析しながら正確に意味を理解することです。文字ではなく音声によって英語を読むことといってもいいかもしれません。文字と違って一瞬のうちに消え去っていく音声で読むことは、リーディングより困難です。おまけにアナウンサーのような訓練された話し手ではなく、さまざまな発音、話し方をする一般の人たちの、生の英語は一筋縄では行きません。
母国語では、読めるものはほぼ100パーセント聴き取ることができますが、外国語である英語となると2つの間に大きなギャップが存在します。リスニングトレーニングの目的はこのギャップを埋めていくことです。
分析的な聴きとは
構文分析的な正確なリスニングの具体例を示します。次の文を聞いたとしましょう。
Is the book you are talking about the one the popular writer published last week?
正確なリスニングがされた場合、主部は先行詞 the book が形容詞節 you are talking about に修飾されたもので、主部とイコール関係の補語は、同じく形容詞節に修飾された the one であり、全体の構造は is が前に上がった倒置疑問文であるということが分析でき、核となる文は Is the book the one? ということも把握できます。ネイティブ・スピーカーは文法的用語を例え知らなくても、このような正確なリスニングを行っていて、やれと言われれば、冠詞一つ落とさない正確無比なリピーティングもできるものです。
我々も日本語でこうしたリスニングを実践しています。ですから、野球放送などを観ていて、解説者が「え~、私はね、松井は、大リーグ二年目はもっとホームランを打ちますよ。」などと言うと「なんだよ、こいつは。私で始めたなら、最後は、思いますよかなんか結べよ。」などと文法・構文的間違いを指摘することもできます。こうした構文の網をかけていくような正確なリスニングを網掛け聴きと言います。
「網掛け聴き」の対極にあるのが推測聴きです。同じ文を聞いても、構文的な分析はできていないのに、book talking writer publish last week などの意味を持つ単語(内容語)が耳に残り、また、センテンス末のイントネーションが上がっているので疑問文だと感じ取ることができます。これらの要素を総合して、「ははあ、俺が本のこと話してたから、どっかの作家が出版したやつかってきいてるんだな」と相手の意を推し量るのが推測聴きです。
相手の言ったことが騒音などで全部聞き取れなかったり、その時点での力不足のため完全な構文理解が困難だったりする場合には、推測聴きはそれなりに有効です。しかし、推測聴きを習慣化してしまうと、正確なリスニング力の向上を阻害することになります。トレーニングの時には網掛け聴きを心がけてください。
❹ リスニングトレーニングの実際
リスニングトレーニングにはいくつかのレベルがある
と思います。しかし、英語に対するこの集中した分析的な対処を前提として、リスニングのトレーニングは精度のよりいくつかのレベルに分かれます。
ある英文を突然聞かされた場合と同じ英文を読み解き、音読パッケージ(音読パッケージの章参照)をしてしまってから聴くのとでは、理解度は当然ながらまったく違います。
どんなに集中して聴いても、何回聞いても、あるところまで来ると分らないところは分らないままになります。そのまま、聴き続けていても絡まった糸はなかなか解けないものです。この時、英文を読み解いてから分析的なリスニングをすることによってトレーニングの効果を十分に上げることができるのです。
リスニングトレーニングは、ある英文を耳だけで聴き解くことと、同じ英文を音読パッケージ後に聴く完璧なリスニングの間にいくつかのレベルがあります。分らない英語をトランスクリプションも無しに聴き続ける根性論的学習から脱し、この数レベルのリスニングを組み合わせることによりリスニングトレーニングの効果を最大に享受してください。
各レベルのリスニングトレーニング
レベル1
耳だけによる聴き
トランスクリプション(リスニングの対象となる英文が文字として書き起こされたもの)を一切見ず、英語の音声だけを聴いて理解することです。これだけをリスニングのトレーニングと考えている人も多いようです。集中して分析的に聴くので、もちろんヒアリングと比べるとはるかに効果があります。しかし、トランスクリプションを一切見ないリスニングには限界があります。
繰り返し同じ英文に耳を傾けていると、理解の度合いがだんだんと深まってきます。しかしある段階になると、聴き解けない個所残るようになります。その原因は、構文の複雑な組み合わせであったり、未知の単語であったり、単語の連結音であったりとさまざまです。このまま続けても、分る部分を繰り返し理解するという効果はあるのですが、リスニングを困難にする要素はそのまま残ってしまいます。違う英文を聴いても、同じ要素が理解の足を引っ張るでしょう。この段階に至ったらトランススクリプションを使う次のレベルに移りましょう。
レベル2
トランスクリプションをざっと読んで聴く
同じ英文を、今度はトランスクリプションをざっと読んでから再び聴きます。トランスクリプションを読むことで話の大筋がつかめますので、ずっとリスニングがしやすくなります。かなり英語力がついたあとでも、ネイティブ・スピーカー同士の私的な会話を途中から聞くとさっぱり分らないということがあります。使われる言い回しや会話のスピードとともに、前後関係がわからない文脈の中に放り込まれるということが原因です。それに比べると、きちんと相手に対面しての会話や仕事上のコミュニケーションははるかに楽です。相手の言っていることが一言一句まですべて聴き取れなくても、何について話しているのか、何を目的に会話をしているのかがはっきりしているからです。
トランスクリプションを読むことは、これと同じように理解すべきことへの方向づけをしてくれるのでその後のリスニングが楽になります。また、力がついてくるとトランスクリプションを一回読んでしまうだけで、その後のリスニングの理解度が格段に変わってきます。
中にはリスニング・トレーニングでトランスクリプションを読んでしまうことに抵抗を示す人もいます。潔癖症の人はカンニングのようなうしろめたさを感じるのでしょうか?どうかそんな気持は捨ててください。ウェート・トレーニングでは自力でバーベルがもう上がらなくなった時、補助者が力添えしてもう数回運動を繰り返し、筋肉をバーンアウトさせることがあります。それと同じ、合理的なトレーニング方法と考えて下さい。猛暑の中水分を一切取らず激しい運動をすることを潔しとするのに似た、無用の精神主義はさっぱり捨ててしまいましょう。
レベル3
トランスクリプションを精読して聴く
このレベルではトランスクリプションを精読した上での、聴き解きを行います。英文の理解する上で曖昧な点を残さないように、使われている構文、その結合のされ方を必要に応じて時間を掛けて分析し、分らない単語は調べてしまい、完全に解読・消化します。その後で再びリスニングしてください。理解度はさらに上がるでしょう。
レベル4
加工してリスニングする
レベル3まで行っても、まだ聴き取れない、分析・意味取りがうまくいかない個所が残るかもしれません。さまざまな加工を施して、リスニングを完璧なものにします。具体的には次のような作業をします。
- 精読した上でトランスクリプションを見ながらリスニングをする。
- 何度か音読してからリスニングする。
- リスニングする際、トランスクリプションを見ながら英語音声に重ねて、あるいは少し遅れて(シャドーイング)、小声で真似て読み上げる。
- 一時停止ボタンを使い、あるいはポーズ付きテープを作ってリピーティングを行う。
- 苦手な個所、フレーズをピックアップして重点的に①~④の作業をする。
この全ステップを順番にすべて実行しなければならないというわけではありません。リスニングの理解度の上げるのに必要な作業を、必要な回数だけ行ってください。この全作業を徹底して繰り返し行うと限りなく音読パッケージに近づいていきます。実際、上級者のレベルになると、音読パッケージをシステマティックに行わず、この何回かの音読、リピーティングを含む、加工リスニングで代用することが多くなります。
❺ 上達過程での適用
学習の初期は英語を正確に聴き、理解することは音読パッケージで行いますから、独立したリスニング・トレーニングは、サプルメント程度で結構です。素材としては、音読パッケージで使用しているものはもちろん、あまり自分のレベルとかけはなれていないものならなんでもいいでしょう。
学習の中期以降、英語力がつき始めた頃からリスニング・トレーニングの比重も徐々に高まってきます。三つのレベルをうまく使い分け、効果的なトレーニングを行ってください。
学習期の終了が近づき、音読パッケージの反復回数が減ったり、ワンセッションだけになる時期がリスニング・トレーニングの重要性が最大になるときです。
やがて、学習期が終わっても、多読と同じく、リスニングは英語を使っていく限り永久に続いていきます。